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税効果会計を行うには会計と税務の違いを理解する必要があり、経験が浅い経理担当者にとっては難易度の高い会計処理です。特に、繰延税金資産の回収可能性の判断は重要なプロセスですが、数値として明確な基準がなく判断が難しいケースがあります。
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この記事では税効果会計の概要と、繰延税金資産の回収可能性を判断するに当たり分類する5つの区分について分かりやすく解説します。判断の過程で悩んでいる担当者はぜひ参考にして下さい。
繰延税金資産とは
繰延税金資産とは、税効果会計を適用するに当たり使用する勘定科目の1つです。実質的に法人税等の前払いであり、将来、法人税等の負担を減額する効果があると判断される金額を計上します。以下、具体的な会計処理について見てみましょう。
税効果会計との関係性
会計上の業績は「収益 - 費用 = 利益」で表す一方で、税務上は「益金 - 損金 = 所得」を計算し、所得に対して税金が課されます。
会計上の費用と税務上の損金は、計上できるタイミングが異なることが多くあります。このタイミングのずれを解消し、会計上の利益に見合った税金の負担を決算書上で表示するための会計処理が税効果会計です。
税効果会計を適用しない例と、適用した例を比較してみましょう。
- 会計上の税引前当期純利益が20万円
- 法人税率(法定実効税率)が30%
- 貸倒引当金を10万円計上。会計上は今期の費用、税務上は来期の損金。
10万円 × 30% = 30,000円は今期に税金を前払いし、来期には戻ってきます。税効果会計を適用する場合、30,000円は法人税等の前払いと捉えて、繰延税金資産を計上します。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
繰延税金資産 | 30,000円 | 法人税等調整額 | 30,000円 |
税効果会計を適用する場合としない場合の、今期の損益計算書の末尾は以下の通りです。
税効果会計を適用する場合 | 税効果会計を適用しない場合 | |
税引前当期純利益 | 200,000円 | 200,000円 |
法人税等① | (200,000円 + 100,000円)× 30% = 90,000円 | (200,000円 + 100,000円) × 30% = 90,000円 |
法人税等調整額② | △30,000円 | ー |
①+② | 60,000円 | 90,000円 |
税引後当期純利益 | 140,000円 | 110,000円 |
税効果会計を適用すると、法人税等の金額(①+②)が会計上の利益(税引前当期純利益)に対応した金額になります。
一時差異と永久差異
会計上の費用と税務上の損金で、計上できるタイミングが異なる部分を一時差異といいます。タイミングが異なるだけで、最終的には一致するものです。
一時差異は、以下の2種類に分けられます。
- 将来減算一時差異:一時差異が解消する時に、課税所得を減額する効果があるもの。繰延税金資産を計上する。
- 将来加算一時差異:一時差異が解消する時に、課税所得を増額する効果があるもの。繰延税金負債を計上する。
一方、永久差異は会計上の費用と税務上の損金が異なる部分であり、違いは永遠に解消しない点です。このため将来の税金を増減することはなく、繰延税金資産や負債は計上できません。
繰延税金資産と併せて知っておきたい評価性引当額については、以下の記事で解説しているのでこちらも参考にして下さい。
繰延税金資産の計算方法と仕訳
続いて、繰延税金資産のを計算する方法や仕訳処理の方法について解説します。
繰延税金資産の計算方法
繰延税金資産の金額は、将来減算一時差異に法定実効税率を乗じて計算します。法定実効税率は、概ね企業が負担する法人税等の合計です。
法定実効税率 =(法人税率 ×(1 + 地方法人税率 + 住民税率)+ 事業税率))÷(1 + 事業税率)
前述の例を再掲します。
- 貸倒引当金を10万円計上。会計上は今期の費用、税務上は来期の損金。
- 法人税率(法定実効税率)が30%
税効果会計を適用する場合、10万円 × 30% = 30,000円が繰延税金資産の金額です。
繰延税金資産の会計処理
会計処理は以下の通りです。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
繰延税金資産 | 30,000円 | 法人税等調整額 | 30,000円 |
一時差異が解消した期の会計処理は以下のようになります。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
法人税等調整額 | 30,000円 | 繰延税金資産 | 30,000円 |
繰延税金資産の回収可能性
繰延税金資産は、将来的に法人税等の負担を減額する効果があると判断される金額を計上します。しかし、今後所得が減り、減額できるほどの法人税等が発生しないことも考えられるでしょう。このため税効果会計では、繰延税金資産を計上できるかどうか(回収可能性)を検討しなければなりません。
しかし数値として明確な基準はなく、将来の業績予測などの不確定要素を基に判断しなければならないため、考え方を理解することが大切です。以下で詳しく解説します。
回収可能性を判断するのは難しい
回収可能性は、将来の業績の見込みを基本として判断します。一時差異がどの程度あり、いつ解消するかといった不確実要素が基準となるため、判断が難しい業務です。
経営の見積もりに左右されるため人によって意見が分かれることがあり、外部監査では監査人と企業側で意見が対立する場合もあります。そのため、入念に意見をすり合わせることが大切です。
回収可能性の判断基準
回収可能性があるかどうかは、以下の3つの要件に基づいて判断します。
- 収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得:事業活動で得る課税所得(正確には一時差異等を加減算する前の課税所得。以下、同様)がどの程度あるか
- タックス・プランニング*1に基づく一時差異等加減算前課税所得:タックス・プランニングを行った結果、課税所得がどの程度あるか
- 将来加算一時差異*2:これを加味した結果、課税所得がどの程度あるか
*1 課税所得を増やすために行う、通常の事業活動以外の計画。例えば含み益のある資産を売却して課税所得を得るなど。
*2 将来減算一時差異とは逆で、一時差異の解消により納税額が増えるもの
参考:企業会計基準委員会|繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針
企業区分に応じた回収可能性の取り扱い
繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針では、繰延税金資産の回収可能性を判断する際に、過去の業績や欠損金の発生状況、将来の課税所得予測などの要件に基づいて5つの分類を設けています。
企業は自社が5つの分類のどれに当てはまるか判断し、計上可能な繰延税金資産の金額を決定します。以下でそれぞれの分類の要件と、回収可能性について見てみましょう。
存在自体が珍しい分類1の要件と評価方法
分類1は、次の要件をいずれも満たす企業です。
- 過去(3年)および当期の全ての事業年度において、期末における将来減算一時差異を十分に上回る課税所得が生じている
- 当期末において、近い将来に経営環境に著しい変化が見込まれない
分類1の企業は、繰延税金資産の全額について回収可能性があるものとされ、全額資産計上が可能です。
参考:企業会計基準委員会|繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針17項、18項
優良企業の分類2の要件と評価方法
分類2は、次の要件をいずれも満たす企業を指します。
- 過去(3年)および当期の全ての事業年度において、臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得が、期末における将来減算一時差異を下回るものの、安定的に生じている
- 当期末において、近い将来に経営環境に著しい変化が見込まれない
- 過去(3年)および当期のいずれの事業年度においても、重要な税務上の欠損金が生じていない
分類2の企業は、一時差異等のスケジューリングの結果、繰延税金資産を見積る場合、当該繰延税金資産は回収可能性があるものとされ、この部分のみ資産計上が可能です。
スケジューリングとは、一時差異が解消される年度を見込むことです。分類2では、スケジューリング不能な一時差異に対する繰延税金資産は回収可能性がないものとされます。
参考:企業会計基準委員会|繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針19項、20項、21項
まだまだ余裕がある分類3の要件と評価方法
分類3は、次の分類4の2・3の要件を満たす場合を除き、以下の要件をいずれも満たす企業です。
- 過去(3年)および当期において、臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得が大きく増減している
- 過去(3年)および当期のいずれの事業年度においても、重要な税務上の欠損金が生じていない
分類3の企業は、原則として将来の合理的な見積可能期間(約5年)以内の一時差異等加減算前課税所得の見積額に基づいて、当該見積可能期間の一時差異等のスケジューリングの結果、繰延税金資産を見積る場合、回収可能性があるものとされます。
参考:企業会計基準委員会|繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針22項、23項、24項
急に厳しくなる分類4の要件と評価方法
分類4の企業の要件は以下の通りです。分類4は次のいずれかの要件を満たし、かつ翌期において一時差異等加減算前課税所得が生じることが見込まれる企業です。
- 過去(3年)または当期において、重要な税務上の欠損金が生じている
- 過去(3年)において、重要な税務上の欠損金の繰越期限切れとなった事実がある
- 当期末において、重要な税務上の欠損金の繰越期限切れが見込まれる
分類4の企業は、原則として翌期の一時差異等加減算前課税所得の見積額に基づいて、翌期の一時差異等のスケジューリングの結果、繰延税金資産を見積る場合、当該繰延税金資産は回収可能性があるものとされます。
参考:企業会計基準委員会|繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針26項、27項、28項、29項、35項(3)
繰延税金資産の計上が認められない分類5
分類5は、次の要件をいずれも満たす企業です。
- 過去(3年)および当期の全ての事業年度において、重要な税務上の欠損金が生じている
- 翌期においても重要な税務上の欠損金が生じることが見込まれる
分類5の企業は、原則として繰延税金資産は全て回収可能性がないものとされます。
参考:企業会計基準委員会|繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針30項、31項
区分別の回収可能性まとめ
区分別に繰延税金資産の回収可能性を表で表すと、以下の通りです。
〇:原則、回収可能性があると判断する
△:一時差異等加減算前課税所得の見積額の範囲内で回収可能性があると判断する
×:原則、回収可能性がないと判断する
分類 | 翌期 | 約5年以内 | 5年目以降 | スケジューリング不能な一時差異 |
分類1 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
分類2 | 〇 | 〇 | 〇 | × |
分類3 | △ | △ | × | × |
分類4 | △ | × | × | × |
分類5 | × | × | × | × |
企業分類のポイント
企業がどの分類に属するか判断するためには、以下を確認します。
- 期末時点での将来減算一時差異の金額
- 過去(3年)および当期の課税所得の状況と、将来減算一時差異との比較
- 過去(3年)または当期の欠損金の発生状況、欠損金の期限切れの有無
さらに、分類によっては以下の状況を予測します。
- 近い将来に経営環境に著しい変化の見込み
- 翌期から概ね5年先までの課税所得の予測
- 翌期の欠損金の発生見込み
見込みについては判断が伴い、また課税所得が「安定的」に生じている、「重要な」繰越欠損金といった点は判断基準が明確ではありません。自社がどの分類に属するか、判断の根拠を明確にしておくことが大切です。
繰延税金資産の取り崩し
繰延税金資産は、将来の法人税等の負担を軽減する効果がなくなった時に取り崩しを行います。仕訳は以下の通りです。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
法人税等調整額 | 〇〇円 | 繰延税金資産 | 〇〇円 |
以下、取り崩しが生じる理由と影響を解説します。
取り崩しが生じる理由
繰延税金資産の取り崩しが生じる主なタイミングには、以下の2点が考えられるでしょう。
- 一時差異等が減少・解消された時
- 繰延税金資産の回収可能性がないと判断された時
例えば、会計上既に計上した貸倒引当金が、今期末時点で税務上損金に算入できる要件を満たした場合、繰延税金資産を取り崩します。
また、繰越欠損金に対して繰延税金資産を計上していたものの、将来の業績の見込みが悪化するなどの理由で回収不能部分が発生した場合には、その部分の繰延税金資産を取り崩さなくてはなりません。
取り崩しが企業に与える影響
繰延税金資産を取り崩すと、税引後当期純利益が減ります。場合によっては赤字に転落するケースもあり得ます。
今後の業績の見込みが以前と比べて悪化していることが決算書上で開示され、投資家をはじめとしたステークホルダーにネガティブな印象を与える懸念があるでしょう。
繰延税金資産を計上するメリットとデメリットについては、以下の記事で解説していますので参考にしてください。
繰延税金資産の回収可能性の判断はあいまいな要素があり難しい
税効果会計を適用するに当たり、繰延税金資産の回収可能性の判断は避けて通れない業務です。判断するためには、繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針で定められている5つの分類と、それぞれの回収可能性についてよく理解する必要があります。
ただし、明確な数値的基準はなく判断要素が多いため、経理担当者が個人の判断で実施できない面があります。決算において重要な影響を与えるため、根拠を明確にしながら協議により決めていくことが大切です。
場合によっては専門家に相談することも有効です。顧問契約している税理士や会計士などに、事前に相談するとスムーズでしょう。