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経理業務における正確さは、会社運営の要と言えます。とくに新しいインボイス制度下では、振込手数料の処理がいっそう複雑になりがちです。
この記事では、インボイス制度下での振込手数料の正しい処理方法を徹底解説します。
「インボイス制度のもとで、振込手数料をどのように処理すればいいのか、その負担は誰が担うべきなのか、そしてどのような場合にインボイスが必要となるのか」――これらは、経験の浅い経理担当者にとって頭を悩ませる問題です。
本ガイドを通して、インボイス制度下での振込手数料に関する疑問への明確な答えと、税務上の誤りを避けるための適切な会計処理の方法を提供します。
本ガイドでは、インボイス制度導入後の振込手数料の負担者別処理方法、新規・既存取引先への手数料負担の交渉方法など、経験の浅い経理担当者が直面する可能性のあるさまざまなケースを取り上げます。
この記事を読むことで、あなたはインボイス制度下での振込手数料の処理に関する疑問を解消し、自信を持って業務に臨むことができるようになるでしょう。
経理のプロフェッショナルとしての第一歩を、この記事と共に踏み出しましょう。
振込手数料とは
そもそも振込手数料とは、金融機関が資金送金サービスを提供する際に発生するサービス料です。一般的には、銀行などの金融機関で金銭を振り込む際に発生する手数料として知られています。
次にインボイス制度下での振込手数料の取り扱いについて詳しく解説していきます。
インボイス制度が始まって振込手数料の処理はどうなった?
結論、インボイス制度施行にともない振込手数料の取り扱いにも一定の影響がおよびました。
原則、インボイス制度施行後も買い手側の負担
原則として、インボイス制度導入後も振込手数料の負担は買い手側に委ねられています。
民法では以下のとおり、振込手数料は原則買い手側が支払う旨が明記されています。
出典:民法 | e-Gov法令検索
(民法485条)弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする。
上述のとおり、売り手側は同意なしに振込手数料の負担を買い手側から求められることはありません。
ただし、場合によっては振込手数料を売り手側が負担することもできます。
売り手側が振込手数料を負担する場合については次の章で詳しく解説していきます。
場合によっては売り手側の負担になることもある
先ほど記載した民法485条によれば、原則として振込手数料は買い手側が負担します。
しかしながら「別段の意思表示がないとき」と書かれていることから、業界や企業間で売り手が振込手数料を支払う商習慣が存在する場合は、売り手側が手数料を負担する場合もあります。
また商習慣によらずとも、双方取引の前に相談をしたり、契約書や請求書への明記をしたりするなど双方の合意があった場合には振込手数料を売り手側が負担することもできます。
3万円未満の支払いでも、インボイスは必要?
インボイス制度施行以前(2023年9月30日まで)では、特例として3万円未満の取引は領収書なしで仕入税額控除が認められていました。
しかし、インボイス制度下ではこの特例がなくなり、原則3万円未満の取引であってもインボイスの保存が必須となっています。
ただしその中でも例外があります。
とくに3万円未満の公共交通機関による旅客の運送、自動販売機および自動サービス機からの商品の購入等はインボイスの保存が免除され、帳簿のみの保存で仕入税額控除を受けることが可能です。
その他インボイス等の交付が不要になる取引の例は以下のようになっています。
仕入税額控除についてより詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。
買い手側が振込手数料を負担するケース
インボイス制度下でも振込手数料は一般的に買い手側が担当することを確認しました。
ここでは買い手側が振込手数料を負担する主なケースを3つ確認していきたいと思います。
①窓口での振込(インボイスが必要)
現行のインボイス制度下でも、銀行窓口を利用した振込において原則インボイスの発行・保存が必要となります。
忘れずにインボイスを受け取りましょう。
②ATMでの振込(インボイス不要になる可能性あり)
ATMを利用した際に振込手数料が発生した場合、料金額が3万円未満であれば自動販売機特例に当たります。
この場合はインボイスの保存が不要になるため、帳簿のみの保存で仕入税額控除を受けることができます。
③インターネットバンキングなど口座振替の手数料(インボイスが必要)
インターネットバンキングを使った際に振込手数料が発生した場合、自動販売機特例に該当しません。そのため、仕入税額控除を受けるにはインボイスが必要となります。
このケースでは、インターネットバンキングからインボイスをダウンロードして保存しておくようにしましょう。
売り手側が振込手数料を負担した時のインボイスの処理
双方の合意の上であれば、売り手側が振込手数料を負担することもあり得ることを確認しました。
この章では、具体的に売り手側が振込手数料を負担するケースに応じた処理方法を確認していきたいと思います。
売手が振込手数料にあたる額面を売上値引きする場合
売り手側が振込手数料を負担するとき、最も最適化されたやり方としては売上値引きとして計上することだと言えるでしょう。
その理由を解説します。
まず、インボイス制度において売り手(インボイス発行業者)が値引きなどで「対価の返還」を行った場合、売り手側は買い手側に対して、返還インボイスを交付する必要があります。返還インボイスがないと、通常買い手は仕入税額控除を受けることができません。
しかしながら、振込手数料のような少額な取引についてはインボイスの保存が免除される「少額特例」が適用されるため、売り手側がしなければいけないことは、値引きをしたという仕分け処理をすることだけになります。
よって売り手側が振込手数料を負担するとき、手続きの負担の軽さから、振込手数料を売上値引きとして計上することが最も最適化された方法と言えるでしょう。
「少額特例」とは、1万円未満の少額な取引について、インボイスの保存がなくとも一定の事項が記載された帳簿の保存のみで、例外的に仕入税額控除ができる制度のことです。
ただ、売り手側のインボイス発行事業者の交付義務がなくなるわけではないため、買い手側からインボイスを求められた際には、それに応じる必要があります。
少額特例は前々年度における課税売上高が1億円以下、または特定機関における課税売上高が5千万円以下の事業者が対象となります。
最後に、少額特例は2029年9月30日までの特例措置である点に注意しましょう。
少額特例の詳細な条件等については国税庁のホームページをご覧ください。
参考:国税庁|少額特例(一定規模以下の事業者に対する事務負担の軽減措置の概要)の概要
一方の買い手は、振込手数料を自分が負担したかのように処理し、値引き後の金額で仕入れを計上します。
このとき、買い手は振込手数料の消費税を差し引くために、金融機関からインボイスを受け取る必要があります。しかし、買い手側が中小企業や個人事業主であるときは少額特例に該当する場合が多いため、インボイスの保存が不要になる場合が多数です。
この場合の仕訳について、請求額を10万円、振り込み手数料を550円と仮定して行います。
売り手側
借方 | 金額 (円) | 貸方 | 金額 (円) |
現金 | 99,450 | 売上 | 100,000 |
売上値引 | 550 |
買い手側
借方 | 金額 (円) | 貸方 | 金額 (円) |
仕入 | 99,450 | 預金 | 100,000 |
振込手数料 | 550 |
売り手が買い手から振込手数料相当額を代金決済上の役務提供を受けた対価とする場合
ここでは売り手が買い手から振込手数料相当額を「代金決済上の役務提供を受けた対価」とする場合について考えていきたいと思います。
「代金決済上の役務を提供する」とは、本来売り手側が支払うべき手数料を買い手側が代わりに支払うことを指します。
そして売り手側はこれを「代金決済上のサービスを受けた」という認識のもと、対価として振込手数料相当額を支払います。
この場合、売り手側が買い手側に本来の商品・サービスの請求書を発行するだけでなく、買い手側から売り手への役務提供の分の請求書も必要となります。
買い手側がインボイス発行事業者ならば、売り手側はそのインボイスで振込手数料の仕入税額控除を受けることができます。
一方の買い手側は、代金決済上の役務を提供した対価を受け取ったことになっているので、売り手側から受け取った対価は売上に計上しなければなりません。また、振込手数料については買い手側が負担するものとして処理します。
このとき、買い手側は振込手数料にかかる消費税を仕入税額控除するために、金融機関からインボイスを受ける必要があります。
ただしこちらに関しても、買い手側が少額特例の対象であればインボイスの保存が不要になります。
この場合の仕訳について、請求額を10万円、振り込み手数料を550円と仮定して行います。
売り手側
借方 | 金額 (円) | 貸方 | 金額 (円) |
現金 | 99,450円 | 売上 | 100,000円 |
仕入 | 550円 |
買い手
借方 | 金額 (円) | 貸方 | 金額 (円) |
仕入 | 100,000 | 現金 | 99,450 |
売上 | 550 |
買い手が売り手のために振込手数料を立替払いしたものとする場合
売り手が支払うべき手数料を、買い手側が立て替えて支払う処理をする場合、買い手側は振込手数料分を差し引いた額を売り手側に支払います。
ここでの注意点として、買い手側は立て替えた振込手数料のインボイスを金融機関から受け取り、売り手側に送らなければなりません。
その際、買い手の立て替え払いを示す立替金精算書等の書類も同封する必要があります。
こうすることで、売り手側が振込手数料にかかる消費税を仕入税額控除することができます。
なお買い手側からの振込がATMにて行われた場合、インボイスや立替金精算書が不要となります。
一方の売り手側は、必要事項を記した帳簿のみの保存で仕入税額控除を受けられます。
この場合の仕訳について、請求額を10万円、振り込み手数料を550円と仮定して行います。
売り手側
借方 | 金額 (円) | 貸方 | 金額 (円) |
現金 | 99,450円 | 売上 | 100,000円 |
(金融機関からの)仕入 | 550円 |
買い手側
借方 | 金額 (円) | 貸方 | 金額 (円) |
仕入 | 100,000円 | 現金 | 100,000円 |
取引先に振込手数料を負担してもらうためには
振込手数料は一見取るに足らない金額に思えるかもしれませんが、件数や金額が多くなればなるほど負担も次第に大きくなっていくことは容易に想像できます。
極力自社の負担を避け、取引先に振込手数料を負担してもらうには、どのようなことが大切になってくるのでしょうか?
新規取引先と既存取引先の2通りにわけて解説していきます。
新規取引先の場合
新たに取引関係を構築していく相手とは、契約を結ぶ前にどちらが振込手数料を負担するかをきっちりと定めておくことが重要になります。
「振込手数料は発注者側が負担する」などと定めておけば、トラブルを避け、スムーズな取引が可能となります。
既存取引先の場合
既存の取引先との取引においてすでに自社側で振込手数料を負担する契約をしていたとき、相手側で振込手数料を負担してもらえるよう変更したいと考えることがあるかと思います。
しかし、一方的に振込手数料を取引先に負担してもらいたい旨を記載した請求書を送付するようなことは避けた方が賢明です。
なんの相談もなしに、これまで引き受けていた負担を突然押し付ける行為は混乱やトラブルを誘発します。
振込手数料の負担について変更したいときは、取引先と直接交渉するのが良いでしょう。
なおその時拒否された場合は、いさぎよく引き下がった方が無難です。
なぜなら、無理に要求を通そうとするその姿勢に取引先が不信感をおぼえ、それまで築いてきた関係に悪影響を及ぼすことも考えられるからです。
振込手数料のために大切な取引先を失えば本末転倒です。
自社、取引先の双方が納得のいく契約を目指すことを忘れないようにしましょう。
おわりに
インボイス制度下での振込手数料の取り扱いに関する理解は、複雑なものであることは間違いありませんが、それゆえ経理担当者の腕の見せ所とも言えます。
本記事では、振込手数料の基本的な理解から具体的な処理方法、さらには取引先との手数料負担についての交渉方法までを解説しました。
ここで簡潔に、振込手数料を処理する上でとくに押さえておくべき重要なポイントをまとめます。
- 振込手数料の負担原則:原則振込手数料は買い手が負担しますが、取引条件により売り手が負担することもある。
- 買手が手数料を負担する場合、消費税の仕入税額控除を受けるためにインボイスが必要になる。一方、3万円未満の支払いの場合、ATM利用時にはインボイスが不要となることがあるが、インターネットバンキングではインボイスが必要です。
- 取引先との手数料負担に関する合意:新規取引先でも既存取引先でも、振込手数料の負担に関しては明確な合意が必要です。とくに変更がある場合には、文書化して双方の了解を得ることが大切です。
最後に、経理担当者の方は経理のプロフェッショナルとして常に最新の税法や制度の変更に注意を払い、企業の財務健全性を支える役割を果たし続けることが求められます。
インボイス制度における振込手数料の取り扱いに関しても、常に正確な情報を基に適切な判断を行うことが、企業の信頼性と経営の安定性を保つ上で重要と言えるでしょう。
インボイス制度下における振込手数料の取り扱いは複雑な点もありますが、本ガイドを見返しながら、経理のプロフェッショナルとしての第一歩を踏み出していきましょう!